知人が病気で入院しました。
友人とお見舞いに行ってきました。
お見舞いの帰り友人とお茶をしたのですが二人ともグッタリしてしまいました。知人の体調を考えて短時間で引き揚げてきたのですが…

「病院に行くと疲れるんだよね。診察してもらう時は自分の体調が悪いからグッタリするの分かるけれど、お見舞いで病院に来ても疲れるんだ」
私の言葉に友人も大きく頷いて「私もだよ。何故だろう?あとお通夜とかに参列すると具合が悪くなる」「私もお通夜に行った後、熱を出しちゃうことが多いんだ」
二人は気怠く頷き合いました。

だけど何故、病院に行くと疲れるのか?友人は壁の色のせいじゃないのかと言います。あの病院の無機質な白い壁が人を疲れさせるのではないかと。
でもそうだとしたら、入院している人や治療に来ている人は益々様態が悪くなると思うのだけれど。
余計なのこと考えると疲れが増してしまうので帰ることにしました。

家で湯船に浸かるとスーっと疲れが抜けていく感じがしました。生気が戻った感じ。
「そっか、病院で病気の人の「気」を被ってしまって生気が減り疲れるのかも」と一瞬思ったのですが、「だったら病院で働く医師や看護師はどうなるの?」と思い直しました。

お通夜で具合が悪くなるのは悲しみの「気」が充満していて、それにあたってしまうからじゃないのかと考えられますが、病院は何故疲れるのか、まったく分かりません。

お風呂から上がると知人からメールが入っていました。
病院では所定の場所でしか携帯をいじってはいけないそうです。所定の場所までわざわざ移動してメールを打ってくれたようです。
今日のお見舞いのお礼のメールでした。そのメールに「二人の元気な気を分けてもらったので自分も少し元気になったようです」という一文がありました。
そっか、そういうことか… 自分が元気な時、元気の気が足りない場所に行くと自分の知らずのうちに元気の気をお裾分けしているのかも。
そういう状態に慣れていないから、たまにそういうことすると疲れを感じるのだ。医師や看護師は毎日のことだから身体が慣れて何も感じないのではないか?
そんな結論に達しました。元気の気をお裾分けできるなら、いっぱいいっぱいお裾分けしたいな。